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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)10545号 判決

原告

宮永輝臣

原告

宮永てる

右両名訴訟代理人弁護士

鍵尾丞治

被告

篠崎信昭

主文

一  被告は、原告宮永輝臣に対し八五〇万〇六五〇円、原告宮永てるに対し八〇五万一一四三円及び右各金員に対する昭和五七年三月三一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その三を原告らの、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告宮永輝臣(以下「原告輝臣」という。)に対し、一二二九万九四三七円、原告宮永てる(以下「原告てる」という。)に対し一一七五万四七三二円及び右各金員に対する昭和五七年三月三一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日  時 昭和五七年三月三一日午前九時二〇分ころ

(二) 場  所 東京葛飾区堀切三丁目一二番一〇号先交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 加害車両 大型貨物自動車(土浦一一さ一九二九)

右運転者 被告

(四) 被害車両 足踏式自転車

右運転者 亡宮永忠臣(以下「亡忠臣」という。)

(五) 事故態様 亡忠臣が、被害車両を運転して、自転車通行可能な歩道を進行し、本件交差点を直進するため、本件交差点内の車道に降りて進行中、本件交差点を左折しようとした被告運転の加害車両に轢過され、胸腹腔内臓器損傷の傷害により、同日午前一〇時四〇分ころ、新葛飾病院で死亡した。(右事故を、以下「本件事故」という。)

2  責任原因

被告は、加害車両を所有し、これを自己のため運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条の規定に基づき、損害賠償責任を負う。

3  損害

(一) 逸失利益 三八八八万六八三一円

亡忠臣は、昭和三八年八月一八日生の男子で、本件事故当時満一八歳であり、当時就職の準備をしていた無職者であつたが、本件事故により死亡しなければ、満一八歳から満六七歳まで稼働し、その間少なくとも昭和五九年賃金センサス第一巻第一表、企業規模計、産業計、学歴計、男子労働者、全年齢平均給与額である年額四〇七万六八〇〇円にベースアップ分として年五パーセントを加算した四二八万〇六四〇円を下らない額の収入を得られたはずであるから、生活費として五割を控除し、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、亡忠臣の逸失利益の現価を算定すると、その合計額は三八八八万六八三一円となる。

428万0640×0.5×18.1687=3888万6831

亡忠臣の死亡による慰藉料としては、右金額が相当である。

(三) 相続

原告輝臣は亡忠臣の父であり、原告てるは亡忠臣の母であつて、原告らは、亡忠臣の両親として、亡忠臣の右逸失利益及び慰藉料の損害賠償請求権を法定相続分に従つて各二分の一の割合で相続取得したから、各自の取得額は、それぞれ二五九四万三四一五円(一円未満切捨)となる。

(四) 治療費 二五万一九七五円

亡忠臣は、本件事故後直ちに前記病院に運ばれて救急治療を受け、これに右金額を要したが、右費用は、原告輝臣が負担した。

(五) 葬儀費用 七〇万円

原告輝臣は、亡忠臣の葬儀を行い、これに七〇万円以上の費用を支出した。

(六) 損害のてん補 合計二〇二五万六八七五円

以上の損害額は、原告輝臣二六八九万五三九〇円、原告てる二五九四万三四一五円となるところ、このうち原告輝臣は二一五一万六三一二円を、原告てるは二〇七五万四七三二円をそれぞれ請求する。

そして、原告らは、右損害に対するてん補として自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から一九六五万六八七五円を、被告から六〇万円をそれぞれ受領し、これを原告輝臣一〇二五万六八七五円、原告てる一〇〇〇万円宛損害額に充当したから、これを右請求額から控除すると、残額は、原告輝臣一一二五万九四三七円、原告てる一〇七五万四七三二円となる。

(七) 弁護士費用 合計二〇四万円

原告らは、被告からの損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告ら訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その着手金として原告輝臣が五二万円、原告てるが五〇万円を支払つたほか、報酬として各自右と同額を支払う旨約した。

4  結論

よつて、原告らは、被告に対し、本件事故による損害賠償の一部請求として、原告輝臣において一二二九万九四三七円、原告てるにおいて、一一七五万四七三二円及び右各金員に対する本件事故発生の日である昭和五七年三月三一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(事故の発生)の事実は認める。

2  同2(責任原因)の事実中、被告が加害車両を所有し、これを自己のため運行の用に供していた者であることは認めるが責任は争う。

3  同3(損害)の事実中、(三)のうち原告輝臣が亡忠臣の父であり、原告てるが亡忠臣の母であること、及び(六)の損害てん補額及び充当額は認めるが、その余はいずれも不知ないし争う。

4  同4(結論)の主張は争う。

三  抗弁

1  本件事故は、加害車両が本件交差点を左折しようとしていたところ、加害車両が進行してきた車道の左側の歩道上を加害車両の左後方から進行してきた被害車両が、加害車両の左側からその前を横切つて追い越そうとし、歩道上から交差点内の車道に進入し、折から降雨のためスリップして転倒し、加害車両の下に滑り込んだため生じたものである。

2  被告は、左折するに際し、バックミラーにより後方車道上及び付近歩道上に車両等がないことを確認しており、左折中、異常を感じ直ちに停止したものである。

3  亡忠臣は、加害車両が既に左折しており、付近の道路は自転車の歩道通行が指定されているのであるから、本件交差点を通行するに当たつて横断歩道を通行すべきであつたものである。

4  しかるに、亡忠臣は、ドロップハンドルのギア付自転車である被害車両を運転し、歩道から直接車道に進入し、かつ、被害車両の進行方向の信号は赤色を示しているにもかかわらず、一旦同方向に向かつて交差点内の車道に進入し、次いで左に進路を変えて、既に左折している加害車両の左側から同車の前方を横切ろうとするという強引かつ危険な走行をし、ハンドル操作を誤つて転倒し加害車両の下に滑り込んだものである。

5  したがつて、本件事故は、専ら亡忠臣の過失によつて発生したものであり、被告には何ら過失がないから、免責されるものである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実中、本件事故当時降雨中であつたこと、被害車両はドロップハンドルのギア付自転車であり、自転車通行可能な歩道から本件交差点内の車道に降りて進行したことは認めるが、その余は否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

また、同2(責任原因)の事実中、被告が加害車両を所有しこれを自己のため運行の用に供していた者であることは当事者間に争いがない。

二そこで、免責の抗弁について判断する。

1  本件事故当時降雨中であつたこと、被害車両はドロップハンドルのギア付自転車であり、自転車通行可能な歩道から本件交差点内の車道に降りて進行したことは、当事者間に争いがなく、右の事実に〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  本件交差点は、堀切橋方面(西方)からお花茶屋方面(東方)に通じる道路(堀切橋方面から本件交差点までは都道市川新道)と小菅方面(北西)から立石方面(南東)に通じる都道堀切船堀線とが交差する信号機により交通整理の行われている通称妙源寺交差点であり、市川新道と堀切船堀線はいずれも車道幅員約一一・〇メートル、お花茶屋方面に通じる道路は車道幅員約七・二メートルであり、アスファルトによつて舗装された平坦な道路で、本件事故当時降雨のため路面は湿潤していたこと、

(二)  市川新道には、道路両側に幅員約二・五メートルの歩道が設置されており、右歩道は自転車歩行者専用標識が設置されている自転車の通行可能な歩道であること、

(三)  被告は、市川新道を西方から進行してきて、本件交差点を小菅方面に左折するに当たり、信号待ちのため、先行車両に続いて交差点手前約三〇メートルの地点で一旦停止し(加害車両の左側面と車道左側端との間隔は約〇・九メートル)、左折の合図を出したうえ、信号が青になつたので、前車に続いて発進し、左折を開始したが、時速約一五キロメートルで左折の途中、左後輪付近で何かに乗り上げた衝撃を感じたのでブレーキを掛けて停止すると、加害車両の左後輪の後方に亡忠臣が転倒し、加害車両の下部に被害車両が転倒していたこと、

(四)  亡忠臣は、被害車両を運転して市川新道の道路左側の歩道を進行し、本件交差点を青信号に従つて市川新道からお花茶屋方面に直進すべく、同歩道からその延長線上である本件交差点内の車道に進入したが、折から左折中の加害車両の左側サイドバンパーに接触して転倒し、同車左後輪に轢過されたこと、

(五)  加害車両の運転席から左サイドミラーで左後方を見ると、車両の左側面の線を後方に延長した線の付近が僅かに死角となるほかは、左後方のほぼ全域を十分に見通すことができること、したがつて、被告が、随時左サイドミラーで左後方を確認しながら左折進行すれば、左後方の歩道上を進行してくる被害車両を発見することは十分可能であつたこと、

(六)  加害車両は、車長七・五〇メートル、車幅二・四八メートル、車高三・〇四メートルのキャブオーバー型の大型貨物自動車であり、前輪がシングルタイヤ、後輪がダブルタイヤで、本件事故当時積荷は積載していなかつたこと、

(七)  本件事故後、加害車両の左側の鉄パイプ製サイドバンパー(側面防御装置)の前部付近(前部バンパーから二・四〇メートル後方で、左前輪より若干後ろの部分)に、高さ地上から約〇・四三メートルないし約〇・九一メートル、前後幅最大約一・〇メートルにわたり、衣様のもので拭つたような真新しい埃落ちが認められたこと、

(八)  被害車両は、一二段ギアの足踏式自転車で、前輪泥除けの後部の地上約〇・四五メートルの部分が凹損したほか、サドル、ハンドルが損傷したこと、

(九)  昭和五七年一〇月二七日に本田警察署の警察官が市川新道を通行する自転車を観察したところ、午前九時から午前九時三〇分の間に、自転車一一台が通行したが、うち車道を通行したのは一台だけで、ほかはすべて歩道を通行し、その速度はおよそ時速八ないし一二キロメートル程度であつたこと、また、歩道を通行してきた自転車が本件交差点を直進する際は歩道の延長線上の車道を通行したこと、

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる確実な証拠はない。

2 右認定の事実によれば、被告には、本件交差点を左折進行するに当たり、左側サイドミラー等で十分左後方の安全を確認すべき注意義務を怠つた過失があるものと推認することができ、右推認を覆すに足りる証拠はない。

右のとおり、被告に過失がなかつたとは認められないから、被告の免責の抗弁は理由がない。

したがつて、被告には、自賠法第三条の規定に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償する責任があるものというべきである。

3  なお、右認定の事実によれば、亡忠臣には、本件交差点を歩道から車道に進入して直進進行するに当たり、左折車両である加害車両の動静を注視し、これとの安全を確認すべき注意義務を怠つた過失があるものと確認することができ、右推認を左右するに足りる証拠はない。

右の被告の過失と亡忠臣の過失を対比すると、亡忠臣には、本件事故の発生につき三割の過失があるものと認めるのが相当であるから、後記の損害については、過失相殺として三割を控除することとする。

三進んで、損害について判断する。

1  逸失利益 三六四八万八九八一円

〈証拠〉によれば、亡忠臣は、昭和三八年八月一八日生の男子で、本件事故当時満一八歳であり、昭和五七年三月に東京都立本所工業高等学校を卒業し、同年三月一七日から森永キャンディーストアーの調理部に入社し、研修を終えて同年四月一日から正社員として採用される矢先に本件事故で死亡したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右の事実によれば、亡忠臣は、本件事故により死亡しなければ、満一八歳から満六七歳までの四九年間稼働可能であり、その間の当初の一年間は昭和五七年度の、次の一年間は昭和五八年度の、続く一年間は昭和五九年度の、以後四六年間は昭和六〇年度の各賃金センサス第一巻第一表、企業規模計、産業計、旧中・新高卒、男子労働者、全年齢平均給与額を下らない額の収入を得られるものと推認されるから、生活費として五割を控除し、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、亡忠臣の逸失利益の死亡時における現価を算定すると、その合計額は次の計算式のとおり三六四八万八九八一円となる。

366万5200×0.5×0.9523=174万5184(一円未満切捨)

378万3400×0.5×0.9071=171万5961(一円未満切捨)

391万5800×0.5×0.8638=169万1234(一円未満切捨)

405万7700×0.5×15.4455=3133万6602(一円未満切捨)

合計3648万8981

2  慰藉料 一三〇〇万円

前示の亡忠臣の年齢、その他本件において認められる諸般の事情を総合すると、亡忠臣の死亡による慰藉料としては、一三〇〇万円をもつて相当と認める。

3  相続

原告輝臣が亡忠臣の父であり、原告てるが亡忠臣の母であることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、原告らのほかに亡忠臣の相続人はいないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右の事実によれば、原告らは、亡忠臣の右逸失利益及び慰藉料の損害賠償請求権を法定相続分に従つて各二分の一の割合で相続取得したものと認められるから、各自の取得額は、それぞれ二四七四万四四九〇円(一円未満切捨)となる。

4  治療費 二五万一九七五円

〈証拠〉によれば、亡忠臣は、本件事故後新葛飾病院に運ばれて救急治療を受け、これに右金額を要し、右費用を原告輝臣が負担したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

5  葬儀費用 七〇万円

〈証拠〉によれば、原告輝臣は、亡忠臣の葬儀を行い、これに少なくとも七〇万円の費用を支出したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

6  過失相殺

以上の損害額は、原告輝臣二五六九万六四六五円、原告てる二四七四万四四九〇円となるところ、本件事故については、三割の過失相殺をするのが相当であることは前示のとおりであるから、右損害額から三割を控除すると、残額は、原告輝臣一七九八万七五二五円(一円未満切捨)、原告てる一七三二万一一四三円となる。

7  損害のてん補 合計二〇二五万六八七五円

原告らが、本件事故による損害に対するてん補として自賠責保険から一九六五万六八七五円を、被告から六〇万円をそれぞれ受領し、これを原告輝臣一〇二五万六八七五円、原告てる一〇〇〇万円宛各自の損害額に充当したことは当事者間に争いがないから、これを右損害額から控除すると、残額は、原告輝臣七七三万〇六五〇円、原告てる七三二万一一四三円となる。

8  弁護士費用 合計一五〇万円

〈証拠〉によれば、原告らは、被告から損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告ら訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その着手金として原告輝臣において五二万円、原告てるにおいて五〇万円をそれぞれ支払つたほか、報酬を支払う旨約したことが認められ、右認定に反する証拠はないところ、前示認容額、本件訴訟の難易、審理の経過、その他本件において認められる諸般の事情を総合すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、原告輝臣分七七万円、原告てる分七三万円をもつてそれぞれ相当と認める。

四以上によれば、原告らの被告に対する本訴請求は、本件事故による損害賠償として、原告輝臣において八五〇万〇六五〇円、原告てるにおいて八〇五万一一四三円及び右各金員に対する本件事故発生の日である昭和五七年三月三一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容し、その余はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官小林和明)

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